瓢鰻亭前田俊彦をしのぶ集い
―共存橋―
ヒューマニティーをもじった瓢鰻亭。いまそこの主はいない。しかし、人それぞれの瓢鰻亭は生きつづける。1954年、1市8村が合併して行橋市が誕生。前田俊彦さんは最後の延永村の村長として合併に参画。市名や合併条件など9人の首長らの甲論乙駁が想像される。が、その事の多くは語らなかった。
行橋には市内全域にわたって中小26河川が流れる。それに架かる橋は400を超す。前田村長時代に一つの橋が架かった。村長は「共存橋」と命名。地域と地域に住む人が共に栄えるようにとの願いを込めたものだ。
前田さんの著作を読むたびに人に対する温かいまなざしが伝わってくる。柔和な笑顔が蘇ってくる。そんな想いを残してくれた前田さんを偲ぶ集いが、今年の春から始まる。
晩年「あの合併はまちがいじゃったなあ」と言った前田翁の意味を誰かに尋ねたい。
―そうんぷうし―
村夫子(そんぷうし)という呼称があります。これは識見のせまい田舎学者を罵っていう蔑称ということになっていますが、なぜか私は前田ヒョーマン亭さんを憶い浮かべるとき、この言葉を口の中に呟いてしまいます。そんぷうしというユーモラスでのびやかな響きの中から、”野の人”の面影が顕ち現れてきます。もちろん、蔑称というつもりはまたくありません。
御本人に確かめる機会はありませんでしたが、おそらく村夫子と呼ばれてヒョーマン亭の主は、にやりとされたであろうという気がします。”田舎学者であって何が悪かろう””否、田舎学者でなければならぬのだ”と、うそぶく主の顔が見えるようです。蔑称を新しい価値へと逆転させてしまう野太い論声が聞こえてくるようです。
前田ヒョーマン亭という大きな人柄に触れた一人一人が、きっと私の村夫子のようにそれぞれのヒョーマン亭像を懐かしく抱いているのでしょう。
今日の偲ぶつどいでは、そんな一人一人のヒョーマン亭像で溢れかえるのだろうという期待があります。
ヒョーマン亭さん、見ていて下さいよ。

主 宰:瓢鰻亭・前田俊彦を偲ぶ会
代表(村田 久)
日 時:1994年4月16日(土)
第1部:コスメイト行橋
14:00〜16:00
瓢鰻亭 前田俊彦を偲ぶ集い
第2部:三楽庵
17:00〜19:30
どぶろくパーティー
第3部:行橋市研修センター
21:00〜
トークイン瓢鰻亭
場 所:コスメイト行橋・三楽庵・
行橋市研修センター
参加費:第1部:1000円
第2部:5000円
第3部:1000円
第1部 コスメイト行橋 14:00〜16:00
・挨拶 小林 慎也
・パフォーマンス 口上瓢鰻亭 野呂 佑吉(吉四六劇団主宰)
・挨拶 松下 竜一(作家)
・基調講演 どぶろく裁判の意味するもの 岡 邦俊(弁護士)
・写真展 吉澤 茂
・各界からのメッセージ
第2部 三楽庵 17:00〜19:30
・どぶろくパーティー
挨拶 宇根 豊
挨拶 沖 勝治
第3部 行橋市研修センター 21:00〜
・トークイン瓢鰻亭 瓢鰻亭をサカナに朝まで徹底懇談会
挨拶 高木 仁三郎
挨拶 吉澤 茂
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